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名古屋地方裁判所 昭和35年(行)10号 判決 1961年12月11日

原告 梶浦嵒

被告 愛知県知事・国 外一名

訴訟代理人 豊島利夫

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「一、被告愛知県知事が昭和二十二年十月二日原告所有の別紙目録記載の土地を自作農創設特別措置法第三条の規定にもとづき買収した処分は無効であることを確認する。二、被告国が同日右土地を同法第十六条の規定により被告寺尾広太郎に売渡した処分は無効であることを確認する。三、被告寺尾広太郎は原告に対し、右土地について名古屋法務局春日井出張所昭和二十五年二月十四日受付第三五二号をもつてなされた右被告国の売渡を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。四、同被告は原告に対し、右土地上の耕作物を収去して右土地を引き渡せ。五、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、

被告愛知県知事および被告国に対する請求原因として、

「一、原告は別紙目録記載の土地(以下本件土地という)を所有していたところ、昭和二十二年十月二日被告愛知県知事(以下被告知事と略称)は右土地を自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第三条に該当する農地として、これを買収した。

二、同日被告国は本件土地を自創法第十六条の規定により被告寺尾に売渡した。

三、しかしながら、

(一)  本件土地に対する被告知事の右買収処分当時、原告は守山市大字守山字馬場七十番地に居住し(昭和十九年二月六日から昭和二十三年二月までの間)守山市大字守山で農業に従事し自作していたもので、不在地主ではなかつた。

(二)  原告は昭和十五年食糧自給の目的で本件土地を前所有者から買い受けたが、右売買は本件土地の不法耕作者である被告寺尾がその耕作を中止することを条件とするものであり、同被告からは前もつて、原告の右買受けと同時に離作する旨の承諾を得た。それにもかかわらず被告寺尾は約束に反して本件土地を不法に占拠し耕作を続けたものであつて、原告と被告寺尾間には小作関係は存在せず原告は被告寺尾から一度も小作料を受領したことはなく、右買収の当時本件土地は小作地ではなかつた。

右の如き事実が存するのにこれを無視し、原告を不在地主とし本件土地を小作地としてなした被告知事の買収処分は無効でなければならない。

四、以上のように右の買収処分は無効であるから、被告知事との間でその確認を求める。また買収処分が無効である以上、その有効なことを前提とする被告国の右売渡処分も無効であるから、同被告との間でその確認を求める。」

と述べ、被告知事の本案前の抗弁に対して

「被告寺尾は本件土地につき小作関係がなく、不法に占拠していたものであるから、占有の初めにおいて善意無過失であつたとはいえない。従つて十年の経過によつて取得時効は完成せず、抗弁は理由がない。」

と述べ、

被告寺尾に対する請求原因として、

「一、原告は昭和十五年本件土地を前所有者から買受けた。

二、本件土地については名古屋法務局春日井出張所昭和二十五年二月十四日受付第三五二号をもつて自創法第十六条の規定による売渡を原因として被告寺尾のために所有権取得登記がなされており、又被告寺尾は本件土地を占有し、農地として使用、収益している。

三、よつて原告は、所有権にもとずく妨害の排除として、同被告に対して右所有権取得登記の抹消登記手続と、地上の耕作物を収去した上、本件土地を引渡すことを求める。」

と述べ、同被告の抗弁事実はこれを認め、再抗弁として、

「被告知事および被告国に対する請求原因三の(一)、(二)および四記載のとおり、被告国の被告寺尾に対する本件土地売渡の処分は無効であるから、本件土地は被告寺尾の所有でなく、依然として原告の所有に属する。」

と述べ、同被告の取得時効の主張を否認し、

「被告は本件土地につき小作関係がなく、不法に占拠していたものであるから、占有の初めにおいて善意無過失であつたとはいえない。従つて十年の経過によつて取得時効は完成しない。」

と述べた。

被告知事訴訟代理人は本案前の抗弁として、

「被告寺尾は被告国から本件土地の売渡を受けて以来十年間所有の意思をもつて善意無過失で占有し、時効によつて本件土地を取得したのであるから、原告は本件土地を所有するものでなく従つて本件買収処分の無効確認を求める訴の利益を有しない。」

と述べ、本案について、同訴訟代理人および被告国指定代理人はそれぞれ、

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「(一) 請求原因のうち、被告知事が昭和二十二年十月二日自創法第三条により原告所有の本件土地を買収し、同日被告国が同法第十六条により本件土地を被告寺尾に売り渡したこと、右買収処分当時被告寺尾広太郎が本件土地を耕作していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  農地調整法第八条の規定によれば、農地の引渡を受けた賃貸借は爾後当該農地につき物権を取得した者に対してもその効力を生ずるのであるから原告が前所有者から本件土地を被告寺尾の耕作中止を条件として買い受けたとしても、本件土地を占有する賃借人である被告寺尾は本件土地の新たな所有者となつた原告に対しても当然に賃借権を有していたものである。

(三)  また同被告は原告に離作の承諾を与えたことはなく、原告に小作料を支払つていた。仮りに小作料の滞納があつたとしても、右事実のみをもつて賃貸借関係が自ら消滅するものではない。」

と述べた。

被告寺尾訴訟代理人は「原告の請求は棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、請求原因事実はいずれもこれを認める、と述べ、抗弁として、被告知事は昭和二十二年十月二日自創法第三条により原告所有の本件土地を買収し、同日被告国は同法第十六条により本件土地を被告寺尾に売り渡したものである。と主張し、原告の再抗弁事実を否認し、

「被告寺尾は原告に対して離作を承諾したこともなく、小作料の支払いを遅滞したこともない。」

と述べ、更に

「仮りに本件土地の買収処分に瑕疵があり無効であるとしても、被告寺尾は本件土地の売渡を受けてから十年以上善意無過失に所有の意思をもつてこれを占有しているから、すでに時効の完成により本件土地の所有権を取得しているのみならず、被告寺尾は昭和四、五年頃原告の前所有者林大弥から本件土地を賃借小作し、原告買受後も引き続き賃借小作していたのであるから右耕作権は保護されるべきであつて、原告はいわれなく本件土地の明渡を求め得ない。」

と主張した。

証拠<省略>

理由

まず被告知事の本案前の抗弁について判断する。

被告知事は、原告が本件買収処分当時本件土地の所有者であつても、その後被告寺尾広太郎の時効取得により右所有権を喪失し現在本件土地の所有者でないから、もはや右買収処分自体の無効を争う法律上の利益を有しない旨主張する。しかしながら原告は本件において右買収処分の無効であることの確認を得ることにより処分庁である愛知県知事又は権利の帰属主体である被告国に対し原状回復乃至損害賠償の責任を追求し得るに至るという法律上の利益を現在有しているものであつて、右法律上の利益は被告寺尾広太郎の時効取得により原告が本件土地の所有権を失つたという法律関係の存否とは別に認められるものである。よつて原告は本件につき訴の利益を有するものであり、被告知事の本案前の抗弁は失当として却下する。

次に本案につき判断する。

(被告知事及び被告国に対する請求について)

被告知事が昭和二十二年十月二日自創法第三条により原告所有の本件土地を買収したこと、右買収処分当時被告寺尾広太郎が本件土地を耕作していたことは当事者間に争がない。

原告は右買収処分における重大且つ明白な瑕疵として、原告が右買収処分当時守山市大字守山字馬場七十番地に居住し、自作農として守山市大字守山において農業に従事していたこと及び被告寺尾広太郎は本件土地の不法耕作者であつて原告の本件土地買受と同時に耕作を中止する旨承諾しており、原告との間には小作関係がないことが無視された事実を主張する。成立に争のない乙第一、二号証の記載、証人木村貞市、同岡島鎗一の各証言、原告本人尋問の結果(一部)及び被告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は名古屋市東区古出来町一六六番地に居住し椎茸栽培を生業としていたところ、昭和十九年頃春日井市大字阪下一、〇二〇番地に家屋を借りて、家族と共にこれに居住し、昭和二〇年八月一〇日同所に住民登録をなし、米穀配給登録も同所に移し、昭和二十二年二月頃守山市大字守山字馬場七十番地訴外木村貞市方の部屋二間を借り受け、原告の娘三人のみを阪下町よりこれに移り住まわせて以後約二年二、三ケ月の間同所より学校に通わせたり、守山市に所在する原告所有の田畑二、三反(本件農地以外のもの)を耕作させたりしていた。その間原告は妻と共に依然として前記阪下町に居住し、その生業である椎茸栽培に従事し、時たま守山市の娘の住居を訪れ、農事の手伝をする程度であつたことが認められ、これに反する原告本人尋問の結果は措信し難い。右事実によれば、本件買収処分がなされた昭和二十二年十月二日当時原告は春日井市大字阪下にのみ生活の本拠を有していたものであつて守山市に生活の本拠たる住所を有していなかつたものというべきである。また原告本人尋問の結果(一部)及び被告寺尾広太郎本人尋問の結果によれば、被告寺尾広太郎は訴外林大弥から本件土地を賃借し耕作していたところ、昭和十五年頃原告が訴外林大弥から本件土地を買い受けたものであつて、農地調整法第八条第一項により原告との間に賃貸借関係が存続するものというべく、本件買収処分がなされた昭和二十二年十月二日当時被告寺尾広太郎は原告から本件土地を賃借していたものと認められる。原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分及び原告が本件土地を前所有者から買い受けるに際し被告寺尾は当年分のみで耕作を中止して本件土地を原告に返却することを承諾していた旨供述する部分は措信し難く、他に右承諾があつた事実を認めるに足りる証拠はない。

よつて本件買収処分にはこれを無効とすべき事実が認められないから原告の被告知事に対する請求は失当であり、したがつて右買収処分の無効を前提とする被告国に対する請求もまた失当である。

(被告寺尾広太郎に対する請求について)

原告が昭和十五年本件土地を前所有者から買い受けたこと、本件土地につき原告主張のような所有権取得登記がなされていること被告寺尾が本件土地を占有耕作していること、被告知事が昭和二十二年十月二日自創法第三条により原告所有の本件土地を買収し同日被告国が同法第十六条により本件土地を被告寺尾に売り渡したことは当事者間に争がない。

原告は右買収処分が無効である旨主張する。しかしながら右主張が認められないことは前記被告知事らに対する請求について判断したとおりであるから、原告の被告寺尾に対する請求はいずれも失当である。

よつて原告の請求はすべて棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 村上悦雄 篠原曜彦)

(別紙目録省略)

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